最高裁判所第三小法廷 昭和47年(オ)620号 判決 1974年12月24日
上告人
桜井信次郎
右訴訟代理人
川井信明
小川剛
被上告人
桜井弘一
被上告人
桜井俊子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人川井信明、同小川剛の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は右判断に直接関係のない事実についての判断遺脱、審理不尽をいうにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
原審の確定するところによれば、訴外桜井敏夫は、昭和三一年初めころから訴外荒木久一より数回にわたり元本合計約五〇〇万円を借り受け、右債務を担保するため、その所有にかかる本件土地(原判決添付目録記載の土地)ほか数筆の土地につき大阪法務局中野出張所昭和三三年二月一一日受付第二七六一号をもつて荒木久一のため同年二月五日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をしたが、同年七月一日荒木久一に対する債務金額を完済したので同人の債権と右仮登記上の権利はすべて消滅に帰したところ、その後、被上告人らの先代桜井哲治郎に対する補償金債務のうち五〇〇万円を担保するため、哲治郎との間に敏夫が右債務の支払をしないときは、代物弁済として本件土地を含む五筆の土地の所有権を哲治郎に移転する旨を約し、そのためには哲治郎のために新たに担保権の設定登記をすべきであるのに、たまたま前記債務を弁済した際荒木久一から交付を受けていた本件土地等の前記仮登記に必要な権利証、印鑑証明書、白紙委任状を利用して、本件土地につき大阪法務局中野出張所昭和三三年七月九日受付第一八六四一号をもつて哲治郎のため同年七月七日権利譲渡を原因とする仮登記移転の附記登記をしたというのであつて、原審の挙示する証拠によれば、原審の右認定はこれを是認することができる。そうすると、本来ならば、荒木久一に対する債務の担保のためにされていた前記仮登記を抹消して哲治郎に対する新債務のための所有権移転請求権保全の仮登記をすべきであるのに、いわば、旧仮登記を権利移転の附記登記により新仮登記として流用したという事案であるとみられるのであり、しかも、哲治郎において五〇〇万円補償金債権とその担保としての代物弁済又は停止条件付代物弁済契約上の権利を有する目的不動産は本件土地であるから、哲治郎を権利者とする本件仮登記移転附記登記は現在の実体上の権利関係と一致するものであるということができる。
このような経緯及び内容をもつた事案にあつては、たとえ不動産物権変動の過程を如実に反映していなくとも、仮登記移転の附記登記が現実の状態に符合するかぎり、当事者間における当事者はもちろん、右附記登記後にその不動産上に利害関係を取得した第三者は、特別の事情のないかぎり、右附記登記の無効を主張するにつき正当な利益を有しないものと解するのが、相当である。
ところで、原審の確定するところによれば、上告人は、昭和三三年一〇月二四日桜井敏夫に対し、一五〇万円を弁済期日同三四年四月三〇日、利息年六分の約で貸し付け、右債務を担保するため、敏夫との間に同人が弁済期日に債務の履行を遅滞したときは、代物弁済として本件土地及び他の一筆の土地の所有権が上告人に移転する旨の契約をし、大阪法務局中野出張所昭和三四年一月一〇日受付第四一三号をもつて上告人のため売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしたが、敏夫において弁済期日を過ぎても弁済をしなかつたため同出張所同年六月八日受付第一六三四六号をもつて上告人のため所有権移転登記をしたというのであるから、上告人は哲治郎の前記仮登記移転附記登記後に本件土地に利害関係を取得した第三者であることは明らかであり、かつ、特別の事情の存することは原審の認定しないところであるから、右附記登記の無効を主張するにつき正当な利益を有しないものといわなければならない。
したがつて、この点に関する原審の判断は、正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解を主張し、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
同第三点について。
いわゆる仮登記担保権者は、債務者が債務を履行しないときは、これにより取得した目的不動産の処分権の行使による換価手続の一環として、債務者に対しては仮登記の本登記手続の請求を、後順位の仮登記担保権者に対しては本登記の承諾請求をすることができるが、この場合、後順位の仮登記担保権者が独自の抗弁として、債務者(又は第三取得者)に対する清算金の支払との引換給付の主張をすることができる場合のあることは格別、右承諾を求められた仮登記担保権者が直接自己に対する清算金の支払との引換給付の主張をするのは許されないものと解すべきであることは、当裁判所の判例に徴し明らかである(最高裁昭和四六年(オ)第五〇三号同四九年一〇月二三日大法廷判決参照)。所論引用の判例は、右に述べたところと牴触する限度で改められたものである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(関根小郷 天野武一 板本吉勝 江里口清雄 高辻正己)
上告代理人川井信明、同小川剛の上告理由
第一点 <省略>
第二点 原判決は不動産に関する物権の対抗要件に関する法令の適用を誤つており、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
原判決は、その理由第五、七、八項において、本件土地につき訴外荒木久一から哲治郎に対してなされている所有権移転請求権保全仮登記の移転の附記登記(甲第二号証)は、権利の現状に符合するが権利変動の過程に符合しない登記ということができるとした上、右附記登記のなされた仮登記は、原判決がその理由第二項(三)および(五)において認定している金五〇〇万円の訴外敏夫の前記補償債務を担保するために敏夫および哲治郎が本件土地につき締結したという代物弁済予約に基づき将来なされることあるべき所有権移転本登記の順位を保全する効力を有するものである旨判示している。
しかしながら、右附記登記前の仮登記によつて公示されていた訴外荒木久一の本件土地に対する売買予約形式による担保権は昭和三三年七月一日同訴外人が敏夫から金四七〇万三、二〇〇円の弁済を受けたことによつて消滅し、その結果右仮登記は実体の裏付けのないものとなつたのであるから、その後に右附記登記がなされたからといつて、一度無効となつた仮登記が効力を復活するものではない。
原判決は、十分な吟味を経ることなく、右附記登記のなされた仮登記は、権利変動の過程には符合しないが権利の現状に符合するものであると断定しているのであるが、訴外荒木久一の敏夫に対する貸金債権を担保するために本件土地についてなされた売買予約に基づく担保権を表示する仮登記と、右貸金債権とは全く別の前記補償債権を担保するために敏夫、哲治郎間で本件土地についてなされた代物弁済予約に基づく担保権との間に同一性はないから、原判決の右の如き断定は明らかに誤りである。
思うに、登記は権利関係の公示を目的とするものであるから安易に、一度無効になつた登記の流用を認め、これにより登記の外観を信頼した第三者の利益を不当に害するようなことは許されないと考える。
上告人は、当然、右附記登記のなされた仮登記の表示を前提として、訴外敏夫より「右仮登記は訴外敏夫の債権者より強制執行を受ける虞れがあるから財産保全の目的で仮登記上の権利の譲渡があつたものと仮装してなされたものであり何時でも抹消できるものであると虚偽の説明」(原判決理由第三項)を受け、当時確かに訴外敏夫は多数の債権者達から債務の履行を迫られていた事実があり、右附記登記により仮登記権利者の外観を取得した哲治郎は訴外敏夫の叔父に当り、しかも長年にわたり敏夫の財産管理その他の面倒を見て来た事実があつたこと、および上告人は訴外敏夫の叔父に当るところから右附記登記の記載が事実に副わないものであることを知つており、しかも当時敏夫の前記の説明に該当する事実があつたこと(甲第五〇号証、原審における証人桜井敏夫の証言)等から、敏夫の前記説明を信じたものであり、この上告人の信頼は保護すべきものであると考える。
そのような上告人の利益を犠牲にして、権利変動の過程に附合せず、また権利の内容をも公示していない前記附記登記後の仮登記に、権利の内容を公示する正当な登記と同様の効力を安易に認める原判決は、物権の対抗要件に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきである。
のみならず、前記附記登記は、哲治郎の敏夫に対する前記補償債権を担保する趣旨でなされた(すなわち、右附記登記についてそのような明確な合意があつた)ものであるとする原判決の認定そのものが、採証法則に違背するものである(第一点における証人桜井敏夫、証人桜井弘一の各証言の内容について述べた部分を参照されたい。)。
第三点 <省略>